ばかみたいに開けた口を、何も言わずに閉じた。死に際の金魚かお前、そんな声。頭の中の自分の声だった。
「古泉くんは?」
 ハルヒはもう一度同じことをさっきよりもイラついた口調で繰り返す。
「…きょう、休みだって。廊下でだれかが言ってたの聞いたぞ」
 抑えた声で言うとハルヒは驚いた顔をした。理由なんか俺は知らない。分かるはずがない。理解できるはずがない。知っていてもそれはたぶんお前には言えないし俺には説明できない。だから知ってても知らなくてもどっちでも変わりない。
「どうせたいしたことねーよ。もしかするとサボりかもな。ほっとけば明日には何事もなかったような顔して来るって」
 お前が望むならすべてを覆してきっと。それが本人かどうかは保障できないが。
「副団長に向かってなんてこと言ってんの? キョン、あんた古泉くんのこと何だと思ってんのよ!」
 古泉くんは風邪も引かないほど馬鹿なあんたとは全然違うのよ、あんたみたいな図太いヤツには想像もできないほど繊細なの、とハルヒは熱弁を振るう。
 だれにも見えない机の下で手のひらを握る。痛いほど握る。抑え込め。考えるな。
 怒る相手も怒鳴る相手も、俺には、ここには、いない、いてはならない。
「お見舞いに行きましょ! …ああでも古泉くんの家ってそういえば知らないわ。ねえキョン知ってる? 知ってるわけないわね、じゃあ職員室が先だわ」
「ほっといてやれよ。そうだ、家の用事かも知れねえし。行ってもだれもいねえよたぶん」
 うるさい、うるさい頼む、黙れハルヒ。でなければ俺の感情も記憶もなにもかも消して今すぐ楽にしてくれ。
「なによあんたさっきから! 古泉くんのこと心配じゃないって言うの!?」
 怯む。ハルヒの剣幕に? 
 …違う、押し寄せてくる昨日に。

おまえのせいだろうぜんぶ、ぜんぶ、ハルヒ、おまえの。

かみさまのいうとおり

 狭い部屋のベッドの上で死んだように眠る古泉の寝顔をぶん殴ってやろうかと思って、振り上げようとした腕に力が入らなくて止めた。
 どうしてこんなことに、俺の知らない古泉の仲間はあそこじゃよくあることだと言った。 閉鎖空間では何が起こるかなんてだれにも分からないと言った。神様の気まぐれだと言った。
 どうして俺に連絡を、見知った顔の古泉の仲間は事情を知った上で誤魔化してくれる人間がいないと面倒ですからと言った。
 俺になにができる、去り際に彼らの一人はなにもせずに放っておけばいいと吐き捨てた。
 絶対にだれも帰ってこない家に古泉と俺とベッドの上で2人きり。
 揺さぶっても軽く叩いてもつねっても唇に触れても名前を呼んでも名前を呼んでも古泉は起きなかった。
 悪夢でも見てろ、苦しそうな呻き声ばっか上げられてもうるさいが生存確認にはなる。
 頬に頬を当てたら冷たくて気持ちよかった。それでも何の反応もしない古泉は冷たくて気持ち悪かった。
 心臓はまだどうにかこうにか止まっちゃいない、シャツの下に手を突っ込んで触れてみたらそれだけは分かった。
 夜明け前に古泉はため息を連発するように途切れ途切れに喘ぎだした。このまま死ぬ気か、と思って頭に来たからその前に殴ってやろうと思って、でも気がついてみたら寝転がったまま古泉の冷えた背中に手を回していた。ちょうど古泉の心臓の位置に俺の頭が来るようなかたちで。そのまま知らないうちに俺も眠っていた。灰色の夢を見た。
 朝までそうしてそこにいたけれど古泉は相変わらず死んだみたいに。

だからぜんぶおまえのせいだハルヒ。あんな灰色の世界おまえがつくったせい。
出られなくなったんだきっと。取り残されたままなんだ。あの灰色の中にたったひとりで。
古泉を返してくれ。帰してくれ。あいつが沈みきる前に。灰色に染まりきる前に。はやく。

「心配だよだからほっといてやれ」
 ハルヒが何か言い出す前に俺が何か叫びだす前に、言い訳を理由をこじつけを考えに頭が歩き出す。蟻よりも遅い速度で。
「言いたくなかったんだが実はな」
 なによ、ハルヒは口を尖らせる。思考の最初の一歩はいったいどこに出せばいい。
「古泉に口止めされてたんだが本当はな」
 もったいぶらないで早く言いなさい。俺の頭は自分に躓いて転んで先に進まない。
 ハルヒの目を見てもそこに言うべき言葉はないあるはずがない。そうだやっぱり、こんなのが神様なわけないだろう古泉、だってこいつの目は真剣にお前の体調不良を憂いているというのに。お前を副団長に決めたのだってこいつだ、ハルヒだってお前のこと結構考えてる。SOS団への貢献度はお前がいちばんだとハルヒは言った。お前だって仲間の一人でこの部屋のぬるい空気の五分の一を占めている。それは確実にハルヒの中でも。
 だから、だからどうか返してくれ神様、今すぐ。こいつの機嫌を取れればそれでいいのか?
「あいつは、」
 ああ、俺の思考は間違えた答えを握り締めたままそこで時間切れ。口を開く。
「神様に捕まって殺された」
 見開かれたハルヒの目。
 わかってる、ほんとうの神様は私情に流されてだれかを助けることなどない。でも、(違う、だから)こいつは神様なんかじゃない、ハルヒが決めたんじゃない、ハルヒのせいじゃない、
 けれども朝が来たとき古泉の体はひどくひどく冷たかった。
「古泉はいらなかったのかね。お前はどう思う、ハルヒ」
 まるで本当に死んだみたいに。
「…なあどう思う、かみさま」
 涼宮ハルヒはなにも言わずに、呆然と俺の目を見ていた。

古泉の死亡フラグの本数は異常。
ハルヒかわいいよハルヒ