日記に走り書きしてあったもののまとめです
いつもより多めに迷走しております

●紙飛行機の話  2007.11.25

 長門印の紙飛行機はまだまだ飛び続けており、ハルヒのはそろそろ降下するところ、俺のは木にぶつかって落ちたが結構飛んだ。朝比奈さんは紙飛行機をご存じないとのことで見学中。
「あれ。おかしいですねえ」
 古泉の折った紙飛行機だけが、やつの手を離れた直後から地面の上にある。五十センチも進んでないんじゃないか? 古泉はそれを拾い上げると、珍しく神妙な表情で自家製欠陥飛行機を見つめた。
「貸してみろ」
 手を出すとあっさりと渡された。ああこれじゃあ飛ばんだろ、と一目見て分かる。折り方がおかしい。適当に広げてただの紙に戻して、さっき自分が折ったのと同じように折り直してやった。返してやると古泉は不思議そうな顔をした。
「もう一回飛ばしてみろよ」
 はい、とうなずいて、古泉は綺麗なフォームで飛行機を空に送り出した。
 これなら飛ぶな、と俺が思うと同時に、わあ、ほんとに飛んだ、と古泉が小さく歓声を上げた。紙製の薄っぺらい機体は古泉の薄っぺらい期待よりもかなり上を飛んだようで、いつもよりだいぶ感情のこもった笑顔で、古泉は青い空を切る白い紙飛行機を子供みたいに見つめていた。
 結局、古泉の飛行機は俺のよりも遠くまで飛んだ。最下位俺。罰ゲームも俺。文句言ったらハルヒに副団長に楯突くなと怒鳴られた。古泉はへらへら笑いながらお気の毒にとまで言いやがった。もうお前今すぐ墜落しろ。

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一瞬だけ拍手お礼だったやつです しょっぱなから日記ログじゃないな
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●冬の雨の日の話  2008.01.28

 なにかを梱包していた透明なその空気の小さな円をぷちん、ぱちんとひとつずつ潰していく。空気がなくなると形もなくなってぺしゃんこになるそれらは、僕の手で確実にかつ緩やかに存在を失っていく。くだらない、と思う感覚すらどこかへ飛んだまま、僕は一心に(無心などではなく)無意味な単純作業を続けていた。
 外は雨が降り出したらしく音がする。空気のはじける小さな、この手元の音に似た音が聞こえる。とりとめのない思考はいつものことだが、今日は普段よりもずっとおかしいという自覚があった。携帯は震えないし涼宮さんの機嫌も悪くならない、このごろは三年前の僕が見たら憎しみを抱きそうなくらいには平穏極まりない日々だ。であればこの、おかしくなったと判断されてもおかしくない動作をえんえんと続行し続けている僕の頭は一体何を考えているのだろう。ぷち、とまたひとつ丸を破って、雨の日は寒くならなければならない、と思う。冬だからそうあるべきだ。冬の雨の日、寒い、という感覚とさみしいとかかなしいとかそのあたりの感情はつなげてもいいのだろうか。寒さに対して失礼な気もする、がしかし、僕はこの雨が降って寒い部屋の中で、さみしいとかかなしいとかそのあたりの感情を抱いている感覚がある。ぱち。色のない色に親指を当てて、ぷち、と空気を抜く。なんの意味もない行為。なんの意味もない思考。ぞわわ、と無意識に体が震えた。体温が低くなっているらしい。知ったことではないが、自律神経その他には大いに声援を送るべきだなと思う。
ぷちん。(さむい)
ぱちん。(ねむい)
ぱん。(くるしい)
ぷち。(つかれた)
ぷちん。(ねむたい)
 僕の頭はだんだんと活動を停止していく。けれども手は誤差はあるもののそれなりに均等なペースで円の殺戮を続けている。これが惰性というやつか、と思いながら僕はその惰性とやらに従っていた。寒くて眠くて疲れているのに、一体なんのわけがあってこんなことをしているのだろう。さっぱりわからないが、手は止まる気配がない。梱包材は実に大量に床に散乱しており、たとえこの一枚が終わったところでそれは特に進展を示すことはないのだった。僕はいつごろからこれを繰り返しているのだろう。めまいがする。ぱち、ぷち、ふしゅ。ときどき無音で空気が抜ける。きれいに並んだ透明な虫を潰しているみたいだ。いろいろなところが確実におかしいことは理解しているが、だからといって原因と対策は実行計画どころかおぼろげな輪郭すら見えないし、そういえば僕が状況の打開を望んでいるのかどうかすら怪しい。ぱち。ぷち。ぷちん。
 まったくもってすべては無意味なことだった。だれかがこの雨の中寒い僕の部屋を訪れて僕が寒がっていて疲れていて眠くてしょうがないのにこんな馬鹿げた行為を続けているということに気がついて、叱ったり怒ったり、あたたかいココアでも飲ませてくれたり、暖房をつけてくれたり、僕をベッドに押し込んで毛布をかけて寝かせてくれたり、そういうことをしてくれない限りは僕のこのなにかにとりつかれたみたいな行動は終わらないのだろうなとの確信をもって僕はただ同じ動きを繰り返す。さみしいとかかなしいとか、そのへんに分類されるであろう感情が血液に微量に混じって全身をぐるぐる回っている。出口がない。そのうちにそれはだんだんと濃縮されて塊となっていつか僕の血管を塞ぐのだろう。 生々しい想像の映像がぷちぷちひらめく。冬の雨の日なので寒い、寒いので僕はさみしい、かつかなしい。 ぷちん、と透明な膜をまた一つ弾いて僕の思考はまたはじめから同じところを辿り始める。どれほど巡ったところで僕の部屋の扉の前にはやはりきっとだれもいないので、月曜日の朝の目覚ましが鳴るまでは僕の行動と思考はなにひとつ生み出さないのだろう。さみしくてかなしい、と僕は非常に冷静にそういう感情に満たされていた。

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部屋が寒くて眠かったようです
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●古泉とハルヒの話  2008.05.15

 なにもいらない、と思う。僕はにこにこ、いつも通りをなぞるように笑う。部室に響く彼女の弾んだ声が僕の耳と頭の中に響く。彼女がしあわせな今日は、僕もとてもしあわせでしあわせで嬉しくて楽しくて仕方がないのです。だから今、なにもいらない。目の前の彼の呆れ顔も、長門さんが淡々とページを繰る音も、くるくる動き回る朝比奈さんが纏う柔らかさも、そんなものはなにもいらない。涼宮さんの超新星みたいな笑顔、次々溢れ出す夏の滝のようにきらきらした計画の数々、びゅんびゅん振られる細い腕と広い広い世界のような手のひら、それだけで充分で、それだけが僕にとって絶対に間違いのない真実で事実なのです。

(低い声、名前を呼ばれる、)

 涼宮さん、と僕は言葉もかけることができない。あなたが笑えば僕は笑い、あなたが泣き出せば僕は息もできないほどかなしい。神様になりきれない神様、涼宮さんは神様ほど残虐ではなく、人間ほど慈愛にも満ちてはいない、涼宮さん、という涼宮さん。白羽の矢がたとえ既に僕の心臓を射抜き切っているのだとしても、僕が今しあわせな気持ちに満ち満ちているというこの事実を否定するものなどなにもない。嬉しくて、泣きそうほど、幸福です。あなたのほかにはなにもだれも、僕にとっては必要ではなく必須でもない。僕の次の一手を待つ彼も、目だけがせわしなく上下を辿っている長門さんも、笑顔でお茶を注いでくれる朝比奈さんも、なにもだれもいらない。瞳の中に世界を内包する涼宮さんだけが、一分の隙もなく確かな、生きた人間、あたたかな赤い血の通う、生きている生き物。

(感情の羅列なんて緩やかな嘘にしか聞こえない、)

 あなたに願われたからという、ただそれだけの理由で、ここにいるのです。
 僕は今、幸福に胸を押し潰される苦しさに死んでしまいそうです。涼宮さん、涼宮さんは今、苦しくありませんか、心の底から祈ります、あなたがこの先ずっと、ずっとずっとずっと、しあわせな光に満ちて笑顔を絶やさずにいられますように。あなたが楽しいと思うことがたくさんたくさん起きて、あなたが笑っていられる素敵な世界でありますように。

(僕の吐く嘘が彼女の望む真実なら、それは事実です。また、僕の吐く嘘があなたの望む真実なら、それは愛情です。もしあなたの望まない真実なら、それは忠誠です。
 以上を踏まえまして、ひとつ嘘を。
 僕はもう充分満たされているので、あなたは僕ではなくて彼女をしあわせにしてはいかがですか。)

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ハルヒが大好きです
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●雨にむしゃくしゃした話  2008.06.29

 雨音を掻き消したくてテレビを点けたら、アナウンサーは表情のない顔で火事で何人かの男女が死んだようだと言った。ここはこんなにもどしゃ降りだのに、火で死ぬだなんておかしなものだ。ざーざーざー、ぴたぴたぴた。ぴたぴたぴた。雨は僕にとってだいじな、理屈や理性や理由や、ことわりと呼びたいものものでこしらえた堤防をいとも簡単に決壊させていくから嫌いだ。いとも簡単に、になるのは僕が、僕の表皮の内側にある僕がそれを促そうとしているからだが、外側にある僕にはそれを止める術は知らされていないので、仕方がないのだ。そう、仕方がない。打つ手がない。どうしようもない。だから、決壊を止められないのは僕のせいでは、
「子供みたいね。」
 頭の奥の暗闇で彼女が笑った。「そういえば、あなたはまだ子供だったわね。」
 彼女に張り付いた笑みは僕にも同様に吸い付いていて剥がれない。気持ちが悪かった。眼球の後ろから伸びる神経がうずいていて、腹の底が重たくて、ひたすらに不快だった。
「お前はやっぱ、そうやってへらへらしてんのがいちばんしっくりくるな」
 彼はそう言って満足したように微笑していた。やさしげな瞳をしていた。僕はうまく笑えるのだ。たぶん自分で思っているよりもずっと。ぎこちなさをにじませることもできないくらい上手に、笑顔でいることができるのだ。そこには一切の問題は起こらない。起こりえない。
「古泉くんはあんたなんかと違って頼りになる優秀な副団長なんだから」
 彼女のきれいな声が体の中に響く。そう、彼女の描くとおり、頼りになる、優秀な、彼女の行動を円滑に進めるためにある役職。雨音がテレビ越しにさえ聞こえるようになって片手で耳を塞ぐ。なにひとつ聞こえなくならない。なにひとつ遮断することができない。内側の音が少し聞こえるようになるだけだ。リモコンのボタンを押し続ければ音量は駆け上るように大きくなる。うるさい、うるさい、「泣くぐらい普通のことだろう」しらない、泣いてもいい正当な理由がないんだ。今日はただ雨が降っているだけなのだから。
 手のひらから滑り落ちたリモコンは引っくり返って床と衝突、その瞬間にざああああ(紛れるひとの声)、ざああああ、狭い画面は無数の走査線で黒に近い灰色に染まる。雨音とノイズは入り混じって窓を割りそうなほど大きく部屋中に響き渡り、僕はきっとこのままじわじわと溺れ死ぬのだと確信した。僕は結局のところ、火のような温度を持ったものには、触れることも殺されることもできやしないのだ。

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梅雨に頭がかなりやられていたようです
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●消失ハルヒと古泉の話  2008.12.24

 空気が白い。まっしろだ。雪も降らない十二月の半ばには見るべきものなんかなにもない、駅へ下る坂道にはブレザーや学ランの上からコートを着込んだ見飽きた、本当に見飽きた自分と同じ学校の生徒たちしかいない。はたから見たらあたしだってこのたくさんの生徒たちのうちのひとりでしかなくて、こんなもんと同列、あたしはばかみたいに苛々している。そばを小走りにすり抜けてく女子生徒はサンタのおじさんは言いましたって鼻歌うたって、それから前方にいた男子生徒に飛びついた。笑っている。二人とも笑っている。
「古泉くんはクリスマスどうするの、彼女と過ごすの?」
 八つ当たりしかけてバカらしくなって抑揚を消した声で後ろへ問いかける。歩を緩めずに半分だけ振り返るようにして返事を待てば、あたしと同じように学生の束に埋もれている彼は眉尻を下げて力なく笑っていた。
「残念ながら、なにも予定はありませんよ。ついでに彼女、なんて呼べる人も僕にはいません」
 古泉という名の転校生はそう言って首を振る。そう、と呟いて前に向き直ってなにも変わらないままあたしは歩くことに神経を向けようと努力する。ふりをする。駅が近くなるにつれて赤と緑と白とチカチカした色の広告がいたるところに目に付きだして、先月の頭から並べ続けた悪態をあたしはもうこれ以上思いつけなくなっていた。伸ばしっぱなしの黒い髪が黒いブレザーの襟の上に溜まっている。首にまとわりついてきてこれも不快だ。なにもかもがみんなみんなぜんぶあたしの苛立ちを責め立てる。白い綿がごちゃごちゃと敷き詰められたショーウインドウのそばを早足で通ると、こんな狭い街中どころか世界中に飽和しているありふれたクリスマスソングが耳についた。ウィーアーザワールド、ウィーアーザチルドレン。合唱する子供たちは大勢で楽しそうにしているように聞こえる。あたしは学校指定の鞄を持つ手をぎっと握り締めた。どこにもあたしが見たい世界なんかない、あたしが子供だと、なんの力もないなんにも見つけられないだれにも伝わらないただの、ちっぽけなひとりの子供だって認めるなんてそんなことが今さらできるわけがないのに。
「古泉くん」
 足音だけで存在していた男子生徒ははい、と虚をつかれたような返事をした。
「あたしはここにいるわよ。でも世界なんてどこにもないじゃない」
 振り返らない。温和でいつも笑っている転校生はもうとっくに転校生ではなくなっていたけれど、あたしの中では何ヶ月が経っても彼はずっと転校生のままだ。謎の転校生。彼はなぜだか当たり前のような風情で毎日毎日同じ道をあたしと同じように、なにも言わずに歩いている。あたしと彼はお互いに特になにも知り合わず、死んだような時間を黙々と共有し続けているだけだ。だからずっと彼は謎の転校生のままであってくれて、あたしはそれにかすかに安堵することができる。
「…涼宮さんのおっしゃる世界は、こことは違うものなんですよね」
「そうよ。当たり前」
「そうですか。…一体、なにがいけないんでしょう」
 駅の入り口の前まで来てあたしは立ち止まる。体ごと振り返ってしまえば古泉一樹はどこか悲しげに微笑していた。眉根を寄せて、帰る場所を忘れたと泣きわめく小さな迷子を見ているような表情。あたしは喉元にせりあがる苦しさを飲み込んで笑った。
「さあね、なにもかもよ」
 あたしも含めてあなたも含めたなにもかも。
 そう告げると転校生は緩やかに肩をすくめた。彼の吐いた息はほのかに白く、そうしてあたしは辺り一帯が白いもやに隠されているかのような錯覚を覚える。真っ白な世界の中で、たった二人のあたしと彼は喪服みたいな色の制服を着て立ち尽くしている。
「ねえ、たとえばあたしが髪を切ったら、なにか変わると思う?」
 伸びすぎた黒い髪を払いながら尋ねると、目の前の男子生徒は口をつぐみ、思案げに数拍置いてからにこりと笑った。
「お似合いになると思いますよ。ですが、今の時期だとそのほうが暖かいのではありませんか」
 彼は寸分の狂いもなく完璧に笑っている。あたしは長く落ちた髪の先を指ですくって、その先端と彼の笑顔を目線だけで交互に見ていた。なにも変わりやしないのだと、彼はそう言わない。彼もあたしも最初から知っている通り、謎の転校生はただの人間で、あたしにはなにかを変えるような力はなんにもないのだ。
「そうね、その通りかもね。……夏になったら切るわ。七夕のころにでも」
 あたしも釣られるようにしてぼんやりと笑う。「それじゃあね、古泉くん。」彼が軽く頭を下げるのを見てから踵を返す。ありふれて普通でつまらないクリスマスソングは鳴り止まず、あたしの望む世界は未だどこにも見つからない。ウィーアーザワールド、ウィーアーザチルドレン。白い視界の中でそのリフレインだけがこだましている。子供たちは楽しげで、あたしと彼はひとりきりだ。

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キョンが来る少し前の話でした 有名な曲ごめんなさい
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